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AKB48 秋元 才加 [AKB48 メンバー]


来歴 [編集]芸能人になりたいという願望から、高校時代にいくつかオーディションを受けていた。

2006年

2月26日、『第二期AKB48追加メンバーオーディション』に合格。
2009年

6月から7月にかけて実施された『AKB48 13thシングル選抜総選挙「神様に誓ってガチです」』では12位で、メディア選抜入りを果たした。
8月23日に開催された『読売新聞創刊135周年記念コンサート AKB104選抜メンバー組閣祭り』の夜公演にて、2010年より新生チームKのキャプテンになることが発表され、同年3月12日に就任した。
2010年
母さんに誓って、ガチです
5月から6月にかけて実施された『AKB48 17thシングル選抜総選挙では17位で、シングル選抜入りを果たした。
7月10日・11日に開催された『AKB48 コンサート「サプライズはありません」』にて、18thシングルのカップリング曲は新たに結成したチームピグ10組のうち、投票により1組を選ぶという旨が発表された。秋元は歌唱力を生かし、サリー秋元の名で「カムチャッカ渡り鳥慕情」をAKB48初の演歌で、単独ソロとして挑戦。8月9日の結果発表で、第5位となった[1]。
10月4日からフジテレビ『森田一義アワー 笑っていいとも!』に月曜日レギュラーで出演することが発表された。
10月16日、一部で報じられた[1]、仕事仲間の男性(広井王子)を不用意に自宅へ宿泊させたことに関して責任を取るため「チームKキャプテンを辞任する」と『AKB48のオールナイトニッポン』出演の際に自ら発表した。
2011年

2月27日に開催された東京マラソンにランナーとして参加し、6時間53分53秒のタイムで完走した。さらに、ゴールした後に出演した、東京マラソン中継特別番組内では、秋元康から番組に宛てたメールが読み上げられ、その中でチームKキャプテンへの復帰が言い渡された[2]。その後、同日に行われたチーム研究生の夜公演に、梅田・宮澤・増田と4人でゲスト出演。キャプテン復帰報告を行うと共に、前述の4人で新ユニット「DiVA」として、新曲「月の裏側」でデビューすることを発表。しかし、3月11日に発生した東日本大震災の影響により、デビューは4月27日から5月18日に延期された。また、自身がレギュラーを務める『笑っていいとも!』は4月から水曜日レギュラーとして出演する。
人物 [編集]日本人の父と、フィリピン人の母の間に生まれたハーフ。本人は英会話が得意(英語の成績は5)だが、フィリピンの公用語の一つであるタガログ語は苦手。
愛称は「さやか」「さぁや」が主。倉持明日香からは「もっさん」と呼ばれている。また、ファンの間では、大島麻衣が命名した「オカロ(『才加』が『オカロ』と読めることに由来)」で呼ばれることもある。さらに「姉さん」、「兄貴」と呼ばれることもあるが(主に『AKB48のオールナイトニッポン』で呼ばれる)、本人は否定的。
小学校時代に児童会活動をしていた[3]。
千葉県の県立高校に通っていた[4]当時、スピーチコンテストに出て、落語を英語で喋った。
好きな歌手は、マイケル・ジャクソン、尾崎豊。尾崎の一番好きな曲は「Forget-me-not」[5]。また、『AKBINGO!』の企画「DANSO甲子園」ではマイケル・ジャクソンに扮したことがある。
筋肉が付きやすい体質で、[6]。合気道2段の持ち主で、『めちゃ×2イケてるッ!』では暴走した江頭2:50をローキックで一蹴する場面があった[7]。学生時代には、バスケットボール部と陸上部を掛け持ちしていたが、「長距離走は苦手」[8]。
マイケル・ジャクソン、尾崎豊、真矢みき、さくらまや、ヒツジ、ヤギ、SPEED、松浦亜弥のコンサートなどの物真似をレパートリーとして持っている。
高所恐怖症であり[9]、絶叫系アトラクションが苦手。『週刊AKB』の企画で東京ドームシティアトラクションズの「サンダードルフィン」および「タワーハッカー」に乗った際に叫びながら号泣した[10]。

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